2015年8月29日土曜日

暗くなるような話はなるべくしたくないものだけど
誰でも死は怖いよね
愛すれば愛するほどその人を失うのも怖くなる

死の恐怖を忘れると、調子にのって自分の存在を誇示したくなるのも、とても人間的で自然なことだと思う

今ある生活を守りたいから、不安をのぞこうとして精神や身体を鍛えたりする 

経済を安定させようとするのは個人も国も同じだ

原発を再稼働させるのは、日本の原発を海外に売り込みたいからだという話を聞いた 

原発を嫌う気持ちも原発を薦める気持ちも根っこには人間的な恐怖がある

アメリカに追従していくとイスラム原理主義者の怒りをかうから怖いけど、中国共産党や北朝鮮政府は日本との距離を考えても、もっと怖い

多くの人が安部さんの政策に違和感を感じつつも、いたしかたないとも同時に思っているような気がする

人間は平和を求めるのか、破壊を求めるのか
そのどちらも持っているのが人間だから、平和を保つには努力が必要だと思う
そして最後には信じることしかできない

愛を信じること

キリスト教も仏教も、伝えていることには重なる部分がある気がする
それはぼんやりとしていて、はっきりと掴めるものではないけれど

自分の愚かさや醜さを認めた上で、今見えるものをなるべくまっすぐに表現していきたい

その先になにか素敵なものがある、という予感を信じていられる時間が今の自分の幸福だ