2018年8月17日金曜日

愛とは

人類が何か新しいものに到達するためには、すべての知識や技術を共有して、みんなで協力しあわなくちゃいけない。疑いの心を捨てて人を信頼していないと、人間の本当の力は発揮されない。

一番最悪なのは戦争で、単純に人が死ぬからということじゃない。
平時の事件や事故もとても悲しいものだけど、(本当は素人が好き放題車を乗り回すのは危険だな…と思う。乗ってるけど)
戦争は、人を怒りと憎しみと狂気の中に落とす。

疑心は、人の気持ちを沈ませて無気力にさせる。
だから、ある会社で人間関係が酷いことになってるとか、学校でいじめがある、とか全部そうで、本来なら伸び伸びと表現できたはずの心が沈んでしまう。

人生は苦しみである、と誰かが言ってて
確かに真理なのかもしれないけれど…
と思いつつ、また新しい気持ちが湧いてくる。

苦しみに耐える力も必要だ。そして冷静さと理性も。

いただきました。
かたじけない…!

2018年8月15日水曜日

宇宙の果ては

この目の前に という歌で

子供の頃に宇宙の果てはどうなっているの?だとか人は死んだらどこへ行くの?とか
無邪気にたずねて困らせていたよ

という歌詞があるんだけど、
宇宙の果てや時間の果てに魅せられて、それを追いかける気持ちは、今でもずっと変わらないんだ。
だから、哲学、芸術、科学、宗教から日常の生活の中の色々に向き合う時にまで、その理由の分からない、知らないものを知りたい、という想いがずっとある。

ここに存在する、とは何なのか
存在しない、とは何なのか

歌うことは喜びだし、音楽は素晴らしいし、おいしいものはおいしいけれど、
どこか宇宙の果てへの興味を自分の中の生きる指針として、ずっとこれまでやってきたんだと思う。

右へ行くのか左へ行くのか、受け取るのか拒否するのか、保つのか捨てるのか、選択を迫られたときにはどちらが自分の抱えている疑問の答えに近づけるのか、というところで自分の道を決めてきた。

その夢を叶えるために良いと思える目標を決めて、そのために努力して、うまくいかなくて落ち込んだり、ふてくされたり、突然飛び込んできた欲望にまかせてつっこんだり
あ、これは遠回りだな、と思ったら引き返してみたり。
引き返してる途中でまた戻ってみて、また引き返したり、わざと無意味な動きをしてみたり…

耐えられないような悲しみに出会うときも
すべてが満たされたような幸せの中にいるときも、ずっとその夢に手を伸ばしていた気がする。

こんな風に生きてるのは普通じゃないんじゃないか、と不安になったり
普通じゃない方がいいんじゃないか
と思ったり

そんな感じで生きてきての今で、自分はこのやり方以外を知らないんだってことが、昨日ふと分かったから、
自分のための記録として、また、自分はこんな人なんですってことをみんなに伝えたいと思ったから書きました。

2018年8月13日月曜日

なんかね

なんにもないけど、なにか言いたくなるんだ。
それは、要するに寂しいってことだろう。
不安だってことだろう。
そういう気持ちを普段は、日常の色々で誤魔化しているんだ、とそんな時にふと気づく。

格好いいことじゃないけど、それがひとつ事実なんだ。リアルな感情。
前向きに、生産的で意義のある生活を送りたいと思うけど、そもそも何も分かっていないもの。

愛とか夢とか、確かにあるよ、と言いながら
確信を持てるか?と聞かれたら、



となってしまう自分。
ひとまず寝ることにしよう。
睡眠中の夢の中では好き放題に脳みそが何かを見せてくれるだろう。
そして明日には、俺はこうなんだぜ!
と盛り上がってるのかも知れないな。

2018年8月10日金曜日

できないことはできない

できないことは「できない」でいいんだ。
それで周りの期待に応えられなくても、背負いこんで苦悩するよりずっといい。
人の立場を思いやれないで「そんなこともできないのか」という人なんてほっといたらいい。
分かってる人は分かってる。

2018年7月24日火曜日

突然の夢の話

夜、眠る時の「夢」には、フィルターのかかっていない、本来の自分自身が現れる。
だから、夢は自分自身の現在や望みを知るためのヒントになる。

夢で見た記憶を話したり書いたりすることは僕にとっては大切だ。

ただ場合によっては、心が混乱してしまうこともあるらしい。だから上手く付き合えたら、良いなと思う。

2017年9月4日月曜日

恋はデジャ・ブ

原題がGroundhog dayという映画なんだけど
タイトルを観たときにピンときた。
特別なものに出会う時って不思議な予感がある。

長い付き合いになる友達に初めて会う時に時間が止まるような気持ちになることがある。